親子関係を全力でひも解いてみる
前置き
全力・・・なので長いです(^_^;)
親はいつも子供が危険にさらされることのないように守る意味で、自分が経験したことのない事には不安を感じて全力全身で否定する。
もちろん意地悪でもなんでもなく、子供の安全最優先で守りたい一心で。私たちは誰でも、こうした親の刷り込みがある。
子供は大人になり自分の人生を歩むときこの刷り込みに気が付けば、世界を広げていくことができる。実は誰からも、禁止されていることなど何もなく自分の良心に従って、何をしてもいいのだと。
〇〇するのはいけない事
こういう刷り込みはとても多く細部にまであって、私自身も勿論、まだ気が付かないでダメな事だと思っていることは多くある。
「刷り込み」という言葉に抵抗があれば「価値観を受け継ぐ」でもいい。
両親、祖父母、学校の先生、近所に住む大人、みんな影響を受けている。
人の物差しで生きるのは楽だ。
上手くいかなかったら人のせいに出来る。でも楽しくない。「最近何も楽しいことないなー」と思うなら考えてみるといいかも。
その刷り込みを、いい子のあなたは守り続けて・・・イイコト、ダメナコト 判断する自分の価値観を作っていく。でもそれって自分の範囲だけのことで、実は人類共通でも何でもない。
それが根底から覆される時
今までダメな事だと抑え込んできたこと、心を削る想いで守ってきたこと
全てが無になってしまうことは恐怖でしかなく
新しい価値観に飛び込むことは本当に勇気がいる事なのだ。
本当に親として
子供が素晴らしい人生を楽しめるようにと考えたら
どんなことも禁止せず、口を出さず、自分の子供をひたすら信頼し
いつも見ていることしかできないのだと思う。
出来る限り、心の範囲を広く保ち、新しい価値観に飛び込めることこれが人生を楽しめるコツなんだと私の経験から思ったのでね。
「親」という漢字そのままに立って木のかげなら、ただ見る事
あの子なら、大丈夫
という信念のもとに、ただ見守ることの難しさ。
そして子供の可能性の範囲をついつい狭めないようにするには、親自身も禁止の枠を超えて
自分の可能性を広げていくことを見せていける、自分の人生を楽しむことが大切なのだと思うのです。
私は子供が学校を休みたいと言ったとき、休ませます。そして、理由を聞く。
そこから、私の思う休んで良かったことと休まないほうが良かったこと
両面の話をします。
あとは、どう過ごすか、明日どうするのか、子供が決めていきます。
でもねー
私の幼少期の刷り込みってのも結構ベッタリ張り付いてて「うぉーりゃ!なにやっとんねん!学校行かんかいっっ!!!!」と、ついつい言ってしまうこともあるwwww
はぁ。言ってしまったなぁ・・・・・と自分の為に美味しいコーヒーを淹れて一息つく(子供は放置ww)
うちの子は一度決めたことは人の意見なんかで変えないので(そっくり)
そのまま家に居座り「おかーさん、ごめんね。ぼく今日は無理だから」そう言って落ち着いたころに抱きついてくるのです。
こういう時、子供の方が魂のレベルは上なんだろうと思うw
私が勝手に怒っても、単にイライラを振りまくだけで自分の事はちゃんと自分で決めていて、例え子供相手でも、私の価値観で動かすことは出来ません。
やっぱり見てやるだけなんだなーって、そうしてより強く思うのです。
この文章を、親として、子の立場として読んでみて自分で自分を縛り続けていることに気持ちを向けてみるのはいかがでしょう。
最後まで読んでくれてありがとう!あなたに幸運がいーっぱい訪れますように☆彡